ポタポタ時々記

自転車を中心とするスロー・ライフや時々の買い物記録などです。

地図から得られること  


 各地で大雨による被害が発生しているようです。
 昨夜は、BigFishさんのブログで「河川が氾濫しそうだ」との記事が出ているのをみて、私の中学時代の災害のことを思い出しました。

 以下、兄の思い出メールの抜粋と写真です。( )は私の補足です。

 (昭和36年)36災害!!6月27日
 325ミリを1日で記録した降水量はバケツをひっくり返した様だったと祖母や母は表現した。通年の6月平均降水量が230ミリだったのと比べると、いかに豪雨だったか。136人の死者、1600戸の全半壊流夫。特に29日(大鹿村)大西山崩落では42名、39戸が土砂の下に埋もれて行方知れず。私には、泥の海に埋もれた、我が工場、自宅…この記憶は鮮烈に残る。防災意識の根元となっている。
 
 (その当時の天竜川の水位。GoogleMapで測定したら川幅約240mでした。)
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 (私には詳細は不明ですが、恐らく大西山崩落で亡くなった方々の鎮魂の碑でしょう。)
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 当時私は中学三年。
 真夜中12時頃でしょうか?消防隊の方が避難を促しに来てくれました。
 外に出たら既にヒザまでの水。確かに夕方頃には家のすぐ脇を流れていた用水路から水が溢れてはいましたが…。この後、家がどうなるか心配しながら身一つでの避難でした。
 翌朝、避難先の親戚の家から見ると、家の周囲は水浸し。そして天竜川の堤防の向こうには荒れ狂う大波が見えていました。つまり、天竜川の支流から溢水した水で家が浸かっていたのでした。
 幸い私の家は床下浸水で済みましたが、これはわずかに周囲より高かったこの地に家を建てた先祖のおかげ。しかし、周囲の家々は全て床上浸水でした。この後で知ったのですが、この時少し下流の堤防が決壊して同級生も含め多くの方々が家を失いました。
 もちろん私にとっても強烈な災害体験でした。

*     *     *     *     *

 台風の夜、途中で目が覚めてちょっと眠れなくなったので、FBを見ていたらこんな記事に気がつきました。
 「地図好き集まれ!明治43年当時の地形図をどこでも見放題の神サイトが話題に!」
 いつリンク先が見られなくなるかわからないので、主要な記事だけ抽出しておきます。

 松本圭司 @keizi666
http://stanford.maps.arcgis.com/apps/SimpleViewer/index.html?appid=733446cc5a314ddf85c59ecc10321b41
すごい。明治43年帝国陸軍測量の1/50000地形図を見放題。神かよ。
五日市の地図を1枚だけ現物で持ってるけど、全国のを見放題ですよ、旦那。エリアをクリックして『詳細』を押すと見られます。
16:44 - 2016年8月4日



 都市計画を学び始めた頃、様々な地図があることを知りましたが、この地図は最も重要なものの一つでしょう。
 国土地理院からは何年か毎の地図が出ていますから、それを見れば土地がどのように改変されてきたかわかりますが、この地図は、言わば日本が大きな改造が進められる以前の基本情報です。アメリカは当然これを活用したことでしょうね。
 私たちにとってこの地図が特に有用であるのはこの頃の地形情報です。例えば、今自分が住んでいる場所が当時何であったか?ということです。これである程度の水害危険、地震危険等を推測することができます。
 そして首都圏限定の地図でしたが「土地条件図」というのがありました。旧河道、盛土、切り土等々の土地の改変の履歴等を地図に表したものでした。これは直接災害危険を推測することができる貴重な地図だと思うのですが、残念ながらその後継続しては作られていないようです。
 こうした地図は本来役所に備えられているべきだと思うのですが…。

 ついでに書きますと、当時、空中写真がとても興味深いものだと感じたものです。
 今ではGoogleMapで様々な情報が得られますが、それでは得られないものがあります。それが「立体視」によって得られる何倍も詳細な情報です。例えば電柱1本でも見分けることができるなんて信じられるでしょうか?
 空中写真は常に60%ほどずつダブって撮影します。それによって同一地点の写真を2枚持ち、その視差によって立体視できるようになるわけです。国土地理院で空中写真から等高線を引くための機械を触らせてもらったこともありました。空中写真を「立体視」するための簡便な装置があることも知りました。仕事ではこれで山の斜面勾配の分析をしたこともありました。懐かしい思い出です。
 おかげで装置がなくても、交差法、平行法など、自在に立体視できるようになりましたので、一時期流行った立体視本なども気軽に楽しく見ることができました。それに自分で撮る写真でも立体写真を作ることができます。
 都市計画をやっていたことの余録?でしょうかね(笑)。
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「Gravity Belt Holster」…着眼点は良いが惜しい  


 FBの広告で見つけたこの製品「Gravity Belt Holster」、着眼点は良いと思うのだが、私にはいくつか惜しい点がある。

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・「特殊な留め具は紛失だけではなく、盗難対策にも最適です」とあるが、これだけで外せるようでは盗難対策として十分という気がしない。
・「使いたい時にすぐ取り出せる!」とあるが、これほどダラッと伸びるのはどうかな?腰につけた場合にももう少しスマートにできるだろうに…。

でも個人的には魅力を感じないわけではない。
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FRYING DUTCHMAN  


 こんな言葉を耳にしたことがあるだろうか?
 FBで久し振りに聞いたので紹介する気になった。

 「FRYING DUTCHMAN "humanERROR"」

 当時、理解できなかった人でも、今なら多くの人々が納得できるのではないだろうか?

 もちろん、私はこの歌の通りだと思っている。
 しかし、現実には今の日本はここで歌われているような恥ずべき方向にまっしぐらだ。
 これはこの現実から目を背けてきた多くの国民の責任でもあるのだ。

 ちなみにこれが最新Verのようだ。

 多くの国々が脱原発に向かっており、日本よりアメリカの圧力を受けている隣国ですら脱原発を宣言しているというのに、日本は改めて再稼働に向かっている。それだけじゃなく原発を世界に輸出しようとしているのだ。そして原発企業東芝も原発を推進しようとして社運を傾けているのだ。
 本当に大笑いだね。
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ブームになってきているらしいTiny House  


 Tiny Houseについては、今までも何回かここで書いてきた

 このところアウトドアが流行してきているらしいとおもっていたら、Tiny Houseもブームになってきているのかな? BE-PALでもいくつか取り上げているようだ。「今後も続々登場予定!? 小屋ブームから目が離せない!」「この値段なら手が届く?小屋フェスで見つけた自然派のための秘密基地」

 そう言えば、少し前には、隈研吾とSnowpeaksが提携して「住箱」を販売し始めたというような記事を見たことがあった。
 それに関連したこの記事「snow peak MOBILE ギンザシックス スノピのモバイルハウス 住箱が欲しい!」では、無印良品も「無印良品の小屋」なんてのを出しているらしい。

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 こういうTiny House、それを求めるには人それぞれ理由があるのだろうが、私の場合には、なかなかそうは行かないのが現実にしても「とにかく自由に、気楽に暮らしたい」ということになる。
 もし、状況が許せば、必要な荷物は倉庫にでも預けて、住まいはモバイルにしてしまいたいものだ。自分の定住の住まいは持たない。もちろん今後取り立てが厳しくなるであろうNHKの受信料や国民のことなど考えていない政府に税金など払いたくもない(笑)。それこそフリーター生活が理想。死んだ時にはお墓もいらない…なんて、そんなことを夢想したりする(笑)。
 ちらっと見た感じでは、このご夫婦はそれに近い生活「【軽トラ野遊び術】船の技術をとり入れた居心地満点のキャンピングカー」をしているようだ。

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 それにしても、もちろん元気なうちだということは大前提だけど、独り者が家や土地に縛られていることほどつまらないことはないんじゃないだろうか?私はそう思う。
 将来バブルが弾けた時、売却も出来ない住宅を抱えて、高い管理費、高い税金に縛られて暮らすことなど想像もしたくない悪夢である。災害にでも会ったら目もあてられない。モノを持つということはそれだけリスクを抱えることでもある。

 それに、人生も終末に近くなると、ミニマムな生活にも憧れるところも出てくるようだ。
 そう言えば高橋英樹は33トンもの財産を断捨離したらしい。私はまだそこまで踏み切れないが、その気持ち、わからないわけではない。むしろ、TVを賑わしているカネの亡者のような経済人や政治家連中の方が私には理解できない人種である。

 自分がそんな生活をすることは将来ともなさそうだけど、こういうTiny Houseこそ自分で考えて楽しいものだと思う。考えることも楽しみにすべきである。こんなところで大したブランドでもないのに、そんなものを有り難がる必要などさらさらない。

 そんな考え方で、気がついたTiny Houseを拾ってみたのがこちら「Tiny House KIBAKO」である。
 つまり、これを使ってという意味ではなく、これをベースに自分流のTiny Houseを考えるのが楽しそうだという意味である。

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 私の考える条件は、とりあえず次の2つかな(笑)。これはその条件を満たしている。
①(根拠はないけど)200万円~300万円程度
②車で移動可能(4トントラックの荷台の上の住宅でも良い)

 そうそう、この手の住宅で格安にできるのにコンテナハウスがあった。
 例えばこんな具合である。私が現実に進めるとしたらコンテナハウスをまず検討するだろう。



 今日は、そんなことを夢想してみた(笑)。
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よりによって「一輪車」で「世界旅行」  


 世の中、変わった人、不思議な人はいるものである。
 今日は、BE-PALのページの中で「【海外】一輪車で中国を旅するという字面は謎だらけながら、見てみると超ハッピーになれるムービー」を知った。
 自転車で旅をすることすら大変なのに、よりによって一輪車で旅をしているという。驚きである。

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 私としてもこういう若者は大好きである。若いうちは特に、自分の力を信じていろいろ経験した方が良い。それがきっと将来のためにもなると思うから…。

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独楽蔵という設計事務所のこと  


 「じゅん散歩」という番組がある。高田純次の軽いおしゃべりがなかなか良いと思い時々見ていた。

 つい先日の録画を見ていたら、桜新町の日、「ハンモックの店」に彼が立ち寄った様子が放送されていた。そこに「画像提供:建築デザイン独楽蔵(こまぐら)」と出ていたのでピンと来た。

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#画像は、「独楽蔵」のFBページから拝借。

 都市計画事務所に入りたての頃、入間市の仕事を担当したことがあった。その時、何かのきっかけで所長の○○氏と知り合い、彼の設計事務所に誘われて行ったのだった。入間市役所のすぐ近くで100坪ほどの敷地だったろうか?片隅に平屋のアトリエ(事務所の建物)があり、他の3隅は開放されて樹木が生い茂っていた。庭には鶏が放し飼いにされていた。夜は木の枝に停まって寝るのだとか。
 確か、彼は大手建築事務所でパースを描いていたが、設計をやりたくなり設計事務所を開設することになったというようなことを言っていた。
 イラストスケッチが達者で、施主に説明するのにイラストで設計のイメージを伝えるのだがそれが効果的だと言っていた。そしてそれが竣工した際には、それを折り畳みのスケッチ集にして施主に渡すのだとか…。大いに喜んでもらえているとのことだった。
 設計には空間と生活の具体的イメージを持ち、同時に、自然との関わりを具体的に設計に反映していた。とても好感の持てる、そして設計能力の高い人だったと記憶していた。

 FBに事務所のページがあったのでメッセージを送ってみた。
 現在の所長から素早い返信をいただいたことによれば…だが。
 所長は次の人(返事をくれた現在の所長)に引き継いだものの、本人は元気で、もうやめると言いながらもまだ一緒に設計を続けているらしい。(スケッチが達者なだけに…だろう)PCには殆ど触ることなく、PC関係は所長にまかせているとのことだった。
 FBのページなどで見る現在のアトリエは28年前に建てたものとのことだから記憶のない空間になっていたが、何となく当時の雰囲気を感じた庭は基本的には当時のままだが、木々は随分大きく育っているとのことだった。

 ほぼ30数年前、格別の接点もなくたった一度しか会ったことのない人だったが、これほど鮮明に思い出せるのはそれだけ印象が強かったということなんだろう。
 これまでの人生の中でもそういう人はなかなかいないものだ。機会があれば再訪してみたいものだ。
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Macに触ってみた…ほぼ20年ぶり  


 友人のPCが不具合を起こしている、ということで詳細を聞いてみるとどうやらファンが壊れているようだ。
 私の感覚で言えばファンを交換すれば良いだけの話しだが、突然何を思ったか今まで全く触ったこともないMacを買って来たという(笑)。
 仕方ない。何とかなるだろうと出張サービスを行ってきた。私自身、今のマックがどうなっているか知りたい気持ちもないわけではなかったが…。

 新しいMacは「21.5インチiMac」デュアル・コアだとか

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 私がマックに触っていたのは、(私は買わなかったが)ずんぐりむっくりのiMacが出始めた頃で20年以上も昔。私の最後のMacOSは9.7だったような記憶が…。今では私も相当の時代遅れ人間である。

 新しいMacはキーボード、マウスもBlueTooth接続。それ以外の付属品はこれらを充電するUSBケーブルが一つだけ。マニュアルすらもない。さすがに驚いた。電源スイッチの場所すらも最初は探さなければいけなかった(笑)。

 何とかスタートさせてキーボード、マウスのスイッチを入れ(この説明も画像のみ。理解に少々時間を要した)たが、ネット接続段階になったらなかなかうまくいかない。友人のところは今どき稀少なADSL接続のまま。
 IPアドレスさえ設定すればつながると思っていたのだが、いろいろやってみてもダメ。どうやらPPPoEの設定もしなければいけなかったらしい(PPPoEの設定もしたつもりだったが、設定の手順が悪かったのかどうか…これはAppleサポートへの電話で解決)。これでとにかくネット接続とメール設定はできた。
 次いで、CDで購入したウィルスバスターをマックでも使えるようにしたいとのことなので、トレンドマイクロのサイトから試用ソフトをダウンロードしてシリアルコードを入れれば良いだろうと、それらしいソフトをダウンロードしてみたが(結果的には別ソフトだったらしい)、シリアルコードを受け付けない。
 友人は、Appleサポートに電話したら良いんじゃないか?というので、まさか他社ソフトのインストールの問題まで相談に乗るんだろうか?と半信半疑のまま再度電話したら…。これがアップルのサポートというものだろうか?懇切丁寧に最初のマニュアルの確認から指導してくれた。こちらの目も危うくなっていて、qをgと見間違えたりしていたこともあったのだが、とうとうバーチャルソフトを使って、こちらの画面を見ながらのガイダンス。そしてついにウィルスバスターのインストールに成功。
 これだけサポートが丁寧だということは社員にとってはブラック企業でもあるんだろうか?(笑) 同時に、こちらのスキルの衰えとMacの操作が忘却の彼方にあることも実感。仕方ない。何しろ20年前のことだしOSも随分違うんだから…と慰めるしかない(笑)。

 私のサポートはとりあえず今日はここまで。あとは自分で何とか慣れながらやってもらうしかない。

 今使っている私のPCが壊れることがあったら、私もMacに切り替えようかな?
 無理やり理由をこじつければ、東芝をはじめ日本のPCメーカは総崩れ状態。今や原発と武器関連輸出で生き延びようというような状態。
 スティーブン・ジョブス氏の生き方・考え方は好きだが、ビルゲイツの生き方は大嫌いだし、短期間で億万長者になった彼のやろうとしていることがあまりにも胡散臭すぎる。

 でも本当は、もうPCなしで暮らせるようにした方が良いのかもしれない…と思ったりもしている。
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弟の命日  


 昨日は久し振りにのんびりした1日になった。
#たまには個人的なことも書いてみよう。誰にも似たような思いはあるものだから…と。


 そして、何を考えたのか2年前から始まった長兄からのMLで弟の命日だったと言うことを思いだした。50年目である。

追悼!○○君。50年前の1967年のこの日のお昼に、君は逝った。病院の一室で。母と私、○子の目前で息をひきとった。享年18才。・・50年前のことであるが未だに心に残る。・・



 当時、弟は高校3年。発病は1月末、風邪のような症状からだった。
 その年3月帰省した折り、弟を見舞った時、血痰を吐いたりしていたので意外と病状が重いらしいことが気にはなっていたが、まさかそれほどの病気だとは思っていなかった。立命館大学の受験だけはできて合格通知も受け取っていたのだが、それ以外は受験することができないまま病床にいた。
 その後私は大学に戻り2年目の生活を始めたばかりだった。兄からの電報でそれを知った。
 若かっただけに、そして最も近い兄弟だっただけに、私にとっては大きな出来事だった。

 もうあれから50年になるか。

 下の写真は、兄のMLに添付されていたもの。

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 私は男ばかり5人兄弟の4番目。兄弟は特別仲が良かったというわけではなかったが、言い争いをすることは殆ど無かった。ただ、父親もこの写真の6年ほど前に亡くなっていたから、家族の生活を一身に背負った長兄に感謝しつつも、母親には迷惑をかけられないし、自分のことは自分で何とかするしかないという気持ちで、上のやることから何かを学びながらお互いのことを認め合いながらやっていく…そんな生き方が自然となっていったように思う。
 5人が揃っての写真は、この10年くらい昔の1枚があるのを記憶するだけだ。
 これは1964年の正月、叔父の助けでブロック工場を経営していた長兄が結婚した頃のようだ。多分義姉が撮ってくれたのだろう。私は高校2年、体操班つまり体育会系ということもあって高下駄を履いて通学していた。当時、革靴を履いている学生は皆無。靴を履いていたのも半分もいなかったのではなかいだろうか。
 弟はこの時中学3年、亡くなったのはこの3年後だ。
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平野美宇の闘い  


 久々にうれしいニュースだ。

「◇卓球・アジア選手権 女子シングルス決勝 平野3―0陳夢(2017年4月15日 中国・無錫)」スポニチアネックス 4/16(日) 7:00配信

 女子シングルス決勝で世界ランク11位の平野美宇(エリートアカデミー)が世界ランク5位の陳夢(中国)を3―0のストレートで下し、初優勝した。前日の準々決勝ではリオデジャネイロ五輪金メダリストで世界1位の丁寧、この日の準決勝で同2位の朱雨玲(ともに中国)と強豪選手を連破する快進撃。日本勢の同種目優勝は3人目で、17歳は大会最年少記録となった。
 陳夢のボールがアウトとなったのを見届けると両手を上げて跳びはねて喜んだ。17歳になったばかりの平野は「これが現実か分からない」とびっくり。1月の全日本選手権を制して約3カ月。今度は本場、中国での大会で日本人としてこの種目21年ぶり、しかも、大会最年少で頂点に立った。

 平野がポイントを奪うたび、会場を埋め尽くした観客の「加油」(頑張れ)の声が小さくなった。完全アウェーの決勝で世界5位を圧倒。相手の強打にも体の軸をぶらさず対応し、相手を上回るスピードで追い詰めた。サーブでも優位に立ちパワフルなフォアハンドで何度もラリーを制した。

 誕生日を迎えた14日の準々決勝ではリオ五輪で金メダルを獲得した女王丁寧を最終5ゲームまでもつれる接戦で破った。準決勝は世界2位の朱雨玲にストレート勝ち。「調子が良かっただけでは中国選手に3回も勝てない」と強豪を連破して自信を深めた様子だ。



 しかし、彼女の真骨頂は準々決勝、世界1位の丁寧との闘いである。
 TVではサラッとしか報道しないが、Youtubeでその闘いの様子を見ると、まさに紙一重の勝負(というより「崖っぷちからの逆転劇」か)だったことがわかる。
 本当に素晴らしい闘いだった。静かに彼女の(勝利というより)闘いを讃えたいと思う。

◆続編
 平野美宇の良いプレイだけをピックアップした動画があった
 人間というのは、これだけの短期間でこれほどの進歩を遂げるものかと、改めて感嘆する。
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個展が迫っているが…  


 今は、教室展が終わり次の個展に向けての準備にかかっている。ちょうど個展の最中に私の70歳の誕生日となる。
 どうりで最近は身体中がコキコキ言い筈だ(笑)。

 こんなに忙しくする筈ではなかったが、最近は絵の方が忙しくなってきた。こんな時期に個展の予定など入れるべきではなかった。
 また、自転車もアウトドア関係も一段落して後は実践あるのみだが、その時間もなかなかとれない。良い季節なのに…。だから書ける記事も乏しくくなってきてしまった。

 休止期間中には東日本大震災6年目を迎えた…ということは原発事故からも6年ということになる。
 私自身、世界の見方が一変した重大事件であったことは間違いない。
 そんなことを考えていると、なおさら何を書いたら良いのか…手が止まってしまう。

 今までこのページでも時々は私が考えることを書いてきたこともあるが、それを快く思わない近親者もいたりして控えるようになったし、過去記事も見えなくした。今、私が真実だと考えることはFBのページで投稿している記事だけである。それもいつまで続けられるか…。
 FBの「友達」の上限は5000人だとか。この2ヶ月ほど急に友達申請が増えてそのまま受け入れていたら4950人を超えてしまったので3月に入ってからは日本人しか受け入れなくしている。外国人が、単に絵だけの関心で友達申請をする人々がそう急激に増えるとも思えないから、その辺りは意味不明である。

 今更ここで書いても仕方ないと思っているが、このブログを目にした人はちょっと回りを注意して見て欲しい。
 今の日本の政治が正常なのか?マスコミ報道が正常だと見えるのか?とりわけTVのスポーツの扱い、芸人のお笑い、諸外国のニュースは熱心に報道しても国内の重要事項はサラッと流すこの報道姿勢が正常なのか?
 私には今のそうした世界がマトリックスの世界に見えて仕方ない。
 少なくとも明治からの歴史を今まで授業で教えられてきた歴史とは別の視点で学んでくると、より真実に近い世界が見えてくるように思うが、それだって私だけの思いかもしれないし、そんなこと知りたくもないと思っている人もいるだろう。

 いずれにしても、このブログではそのマトリックスの世界だと割り切って書くと決めている。
 
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「ワットマン」の初利用  


 そろそろ覚悟を決めて、不要なものの処分を徐々に始めようと最近近くにオープンした「ワットマン」に行った。
 今回はキャンノンのフィルム一眼とデジタル一眼、かなり古い機種といくつかのレンズである。結果は全部で6100円。
 悲しいけど、もう使うことはないから仕方ない。トヨタ・ヴィッツの処分も1万円だったしなぁ。
 それでも、こうした店が近くに出来ただけでもありがたい。
 できれば可能な限りオークションにしながら面倒なものはワットマンかな?

 そして郵便局へ。敬老パス負担金の納入3500円。敬老パスは今月から使えたらしい。明日からこの恩恵にあずかれることになった。
 ついでに、失敗した年賀状の精算。宝くじ当選(と言っても切手シール2枚)の精算。昨年も確か2枚あったと思うがシールを受け取らなかった。

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 そしてコンビニでとある保険金の支払い。

 最近、ブロ太にも乗る機会が多くなったせいか、少し自転車も楽になってきた。
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詐欺サイト発見!  


 以前、ネットショップ詐欺にひっかかった記事を書いたが今度は別のところで発見。
 WebPageのつくりは今回の方が良くできているように思う。

 今回のものは、こちらだった店舗はこちら

 Amazonや楽天などの組織的ではない単独店。そして、いかにもの「一般的名称」。小物ばかりだが安い。しかも送料無料。こんな商売が成り立つのかどうか…。
 前は、決まった商品だったので安い方が良いかと、銀行振込だったのだが気楽に註文してしまった。
 今回は、カード番号を入れようとしてちょっと考えた(笑)。そして会社名で検索。すぐに詐欺サイトだということがわかった。

 調べてみるとこういう情報があった。参考になるかも。

 皆さんもお気を付け下さい。

 …って、気をつけなければいけないのは私だけか?(苦笑)


 
 
 
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敬老パス負担金納入・引換の書類が届いた  


 先日役所に送っていた標記の書類「敬老パス負担金納入・引換の書類」が届いた。

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 これを郵便局に持参して負担金を支払えば良いのだが、この金額はその人の収入により金額が決まるのだそうな…。他の人に聞けば、7~8千円と言っていたような気がするが、私の負担金は3500円。私がたまたま負担金金額を聞いた皆さんより、私は収入が乏しいのかもしれない…(笑)。

 これが有効になるのは誕生日前日からとのこと。有効期間は9月30日までらしい。もしかしたら、今回の負担金額は約半年間の負担なのかもしれない。
 そうなれば、私の負担額は年間7千円。そうなるとようやく皆さんと同等の収入だと見てもらえたことになる(笑)。
 嬉しいやら情けないやら…だ(笑)。
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TVの取材…終了してた  


 先日、「ネットショップ詐欺にひっかかった」記事を書いていた。
 そうしたら、昨日、(FBの方へだが)TV朝日のとある人から1月25日付けで『ネットショップ詐欺についての特集を組むので話しを聞かせて欲しい』旨のメッセージがあった。それも通常の「お知らせ」ではなかったのでたまたま見つけたものだった。
 早速、OKの返信をしたのだったが、既に31日に放映したとのことだった。

 残念なような、TVなんて所詮こんなもの…というような感じだった(笑)。

 『またの機会がありましたらよろしくお願いします。』との返事をいただいたが、「そんな機会のないよう願っています(笑)」とお返しさせていただいた(笑)。
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友人宅で焼き鳥  


 畏友ともいうべき友人が何人かいるが、そのうちの一人。以前も呼ばれて食事をご馳走になった友人である

 本日も焼き鳥をするから来ないか?と呼ばれて、行ってきた。
 完全に私はゲストで彼がホスト。
 最寄り駅までは私が行くが、そこまで迎えに来てもらい、帰りは自宅まで送ってもらう(笑)。

 家に着けば既に炭が熾されていて、肉の準備ができており、彼は台所に入りながら料理の準備。
#最近は焼き鳥に凝っているのだそうだ。彼の専門は有機化学。料理は実験をしているようなもので苦にならないんだとか。
 鳥が焼けるまで、テーブルにはサラダとローストビーフ。そして田舎産のリンゴ(シナノゴールド)と市田柿も。
 そのうち、焼き鳥や彼の自作のソーセージも次から次へと出てきて、彼は台所へ行き来しながら、私はどっかと座って食べながら話してきた。料理の方は少なくとも2/3は私が平らげた(笑)。
 そして締めは、名古屋風とろろご飯(肉味噌入り)。

 私の役割は、おしゃべり好きな彼の相手をすること。
 話題は、①閉塞する日本が今後どうなっていくか ②大学時代、学生運動をしていた連中がその後どういう仕事をするようになったか? ③地球温暖化説について(たまたま彼が古本屋で買って来たというアルゴア「不都合な真実」という本がテーブル上に置いてあった) ④彼の海外出張での話し ⑤ラズベリーパイ 等々、話題はあっちへ飛びこっちへ飛び。

 そして、最後は彼が自宅で定点撮影している富士山の写真や、田舎の自宅周辺から撮った南アルプスの写真を見ながら彼の話を聞くことである。

 結局5時間ほど、お互い酒も飲まず、むさ苦しい男同士の会話をしてきたというわけである(笑)。
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新年のDIY  


 今日は久々の横浜。

 光りが良かった。

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 中華街でランチの後周辺をブラブラしてみた。
 マムートでたまたまベルトの留め具が売られているのを見たら、最近、リュックの腰ベルト(こんな言い方をすると歳を感じる。今風に言えば「ウェストベルト」か(笑))の留め具が壊れているのを思い出し購入(432円)。石井スポーツでも同じような留め具が売られていたが、こちらは150円~せいぜい200円余の値札がついていた。残念(笑)。

 帰宅後、DIY作業。今日はドライバー作業と裁縫作業。

 まずは、取付部品が届いていた浄水器の水道蛇口への取り付け。
 こんな部品が届いていたのをセットしてこうなった。
 部品が少なかったのでそのまま自分で取り付けたのだが、後で見たらちゃんと取り付け方を記した書類が入っていた(笑)。

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 ↑WB(ホワイトバランス)を間違った。

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 ボルトが長いのでちょっとそこが不格好かな?でも全体はスッキリと良く納まっていると思う。
 機会があったら短いボルトを買って来ても良いけど、多分このままだろう。

 そしてもう一つ。リュックの壊れてしまった腰ベルトの留め具を付け替えた。黒い糸しかなかったが、何とかあまり目立たずに付け替えることができたから、これで良しとしよう。
 これでも中学校の「家庭科」の授業(当時はそんな科目があった)はずっと5評価だった(笑)。パンツやシャツなどを縫った記憶がある。シャツのホックは山形になるようになってしまい付け替えたりしたが…(笑)。だからミシンがあればもっと余計なことをしていたろうと思うが、無いくらいが丁度良い(笑)。

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 昨年12月25日に、オニオンスライスを作ろうとしてスライサーで薬指を削ってしまって出血がなかなか止まらなかったが、その傷の絆創膏がとれていなったらこんなことはする気にならなかったろう。今傷口は1ミリくらいの赤い穴が残っているが、もう絆創膏がなくても全く気にならない。

 当時の傷口を見たければこちら↓。見ても仕方ないと思うけど…(笑)。
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明けましておめでとうございます  


 2017年賀状

 この3月で私も古稀を迎えることになった。早いものだ。
 このブログでは趣味的生活が中心となっているけれど、実生活では絵が中心の生活だった。とは言いながら、現実には必ずしも絵が中心というわけには行かなかった。この大ウソ政治・マスコミの中で、おかしなことだらけの日本。不安ばかりの日本だからそれも仕方ないとも思う。
#それについては、今も細々とFacebookで続けてはいるけど…。

  しかし、もう私に残された人生もそう長くはない。これからは改めて絵を中心とした生活にしていこうかな?…と、そんな思いを強くしている。
 このブログの中心テーマである自転車、アウトドアは、あくまでもそれを支えてくれるもの。さてどうなるかな?
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年賀状のプリントサービス利用  


 プリンターが来年になってしまったので、街中の写真プリントサービスの店で年賀状を印刷してもらってきた。私にとっては初めてのことである。世の中は知らないうちに進歩しているものだ(苦笑)。
 200枚年賀状を購入していたのだが、そのうち35枚ほどインクジェットプリンターで印刷していた。そのうち使えるものがどれほどあるだろうか?そして印刷してもらったのは170枚。代金11000円余。今回は、事前に準備していた賀状は富士山図柄の簡単なデザインのものに代わってしまったのが残念だが、最初からプリントサービス店でやってもらうつもりなら賀状の準備もいらないということだ。
 今までは、業務での印刷以外は全て自分でプリントしていたが、いろいろな手間を考えればこういう選択もありそうだ。
 知らないと言うことは不幸なことでもある。

 学生の頃、年賀状を出さないと決めた時があって、確実に年賀状の来る枚数が減った。さすがに寂しく感じたものだった(笑)。
 会社員の頃は100通を少し超えるほどだったろうか?この頃は多色刷りの版画印刷などをしていた。
 独立した頃は最盛期900通くらいだったような気がする。それ自体仕事でもあった。
 仕事をやめた頃から徐々に減らして数百通くらいから、今は200通ほどになってきた。この頃から自分の絵がモチーフになった。最初は下手くそな絵だったが、その絵が変わってくることで友人が見直してくれたりした(笑)。200通くらいなら、プリンターさえ順調ならかろうじて1日で何とかなる。そう思っていたが、今回の経験で変わりそうだ。

 年賀状を続ける狙いは、自分を忘れないでいて欲しいという気持ち、これで思い出してもらえたらもしかしたら仕事にもつながるかも知れないという気持ちが大きいのだと思う。少なくとも私の場合にはそうだったような気がする。
 仕事をやめればそういうことにこだわりが無くなってくるし、年賀状はもっと減らそうと思っていたのだが、個展をするようになったらそうそう減らすわけにはいかなくなってしまった。私の絵のレベルでは、絵を買ってくれるのは昔の知り合いが結構いるからだ。賀状だけのつきあいを続けていた大学時代の友人がわざわざ個展に来てくれて、絵を買ってくれたのはとりわけ嬉しかった。
 この歳になって趣味として始めた絵だから、絵を売ってどうこうとは考えないけど、せめて個展を維持できるほどの売り上げは欲しい…というのが正直な気持ちである。そして個展を続けるのも70歳台がギリギリだろう。
 結局私の賀状は、お絵描き生活と連動することになりそうだ。

 それにしても私の人生に絵があって本当に良かった…と思う。
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近未来はこうなるのか?  


 面白いページを見つけた。

 近未来はこうなるのか?なんて期待させるような動画なんだけど…。
 元のページは「GIGadgets」なんだけど、私が見たのはこのページ。その他おもしろいものが一杯だ。

 関心のある方は視聴してみて下さい。

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終活準備…衣類関係  


 今年、私の年代は古稀を迎えている。
 先日も高校時代の古稀の同年会が行われたのだが、私の場合、一緒に車で行ってくれる筈だった友人が突然行けなくなり、他に足を持たない私も行けなくなった(笑)。
 ただ、同年生の中では誕生日が誰よりも遅いはずだから、私の本当の古稀は最後の最後である(笑)。

 数十年の経過をふり返ってみないと、世の中(生活や風景)がどう変わってきたのかわからないことも多い。今考えてみれば、私たちの年代は、殆ど何も無い時代から今に至るまで、様々な経験を経ていると考えることもできる。回りの風景も何もなかった時代の風景から現代に至るまで、どれほど大きく変化してきたか、改めて考えることができる。

 自分の人生をふり返ってみても、くつかの区切りがあるもということに気づく。
 適切に区分する言葉が思いつかないが、私の場合には、概ね以下のように区分することができそうだ。

◆出生から…
 貧しい田舎の農村生活。
 まだかまどでご飯を炊いていた時代である。飲み水や風呂の水も井戸水の手押しポンプによる汲み上げ。

◆10歳台…被教育時代
 高度経済成長以前。田舎で勉強や遊びに明け暮れていた時代。悩みなど殆どなかった。
 石油コンロを使った時もわずかにあったが、たちまち電気炊飯器になったし、水もモーター汲み上げに変わった。徐々に豊かになっていく時代を感じていた頃だろうか。

◆20歳台…学業時代
 大学を経て一旦は就職したものの、初めて自分がやりたいと思っていた仕事の実態を知り、迷った末に再び大学へ。結局20歳台は学業だけで終わった。
 世は高度経済成長の始まりの時代。田舎へ帰省する度に回りの風景も変わっていった。

◆30歳台…会社員時代
 就職して新しい仕事に馴染みつつある時代。良くも悪くも夢中になって仕事に取り組んでいた。仕事もとにかく忙しかったが、友人達との飲み会も多かった。
 会社では、湿式の青焼きから乾式のゼロックスコピーに移行し、ワープロ、パソコンが一般的になりつつあった。

◆40歳台…独立事業時代
 クライアントと所長の狭間に立ち、クライアントの意向を重視したために所長との関係が悪化。その一方、友人にも誘われて独立。ささやかな会社を営み始めた。仕事も忙しかったし、私自身仕事人間だった。
 仕事の方は比較的順調ではあったが、一人で独立したこともあり、私の思いが新卒社員に思うように伝わらず社員教育には苦労した。
 パソコンは、NEC98からマッキントッシュ、それからWindowsに移行していった。

◆50歳台…遷移時代
 低成長時代に入り、仕事の量・質とも低下しつつあった。充実感を持てる仕事は乏しく、特に良いこともないが何とか仕事は維持していた。
 もともとはずっと仕事をするつもりでいた。途中新しい仕事の話しがあり、気持ちを動かされてそれに挑戦するも挫折。そして、仕事の将来も見えてくるにつれ、仕事中心の生活から徐々に後半生(仕事後)の生活を考えるようになった。そして、20年続けた会社を閉じた。やりがいのあった仕事ではあったが未練はなかった。

◆60歳台…仕込時代
 この年代はまだ身体が動く。だから後半生の生き方を考えるには重要な年代だと思っていた。
 そう思い、絵とテニスを始めた。テニスは今更強くなるのは無理だから、とにかく身体を動かすためである。
 絵の方は継続できる自信があったわけではないが、一応やめることもなく続き他の人々との関わりも深くなっていった。一方、絵を深めるためにということで、自転車に関心が広がり、さらにキャンプにまで広がってしまった(笑)。でもいずれも(ちょっと無理な面もあるかも知れないが)今後の生活を豊かにしたいと思ってのことである。

 以下はもしあれば…ということだが、大ざっぱに夢想すると…。

◆70歳台…画業時代
 水彩画中心の生活である。何とか身体の方も動く状況でありたい。
 そろそろ終活準備もしていかないといけないだろう。

◆80歳台…悠々自適時代
 いずれ、身体の方も思うにまかせなくなるだろうから、絵を描きながら気楽にのんびり過ごせたら最高である。

◆90歳台…終末時代
 もし生きていれば…の話しだ(笑)。
 そろそろ死ぬ準備なのかな?その前に死んでいるかもしれないし…(笑)。

*     *     *     *     *

 そんなわけで、もう仕事生活時代のものは殆ど不要になってきた。
 数年前に、トラック一台分の大きな断捨離をしたことがあったが、衣類関係の一部はまだ持っていた。
 一方で、自転車関係、キャンプ関係の道具・衣類関係が増えてきてしまったので、礼服だけ残してサラリーマン時代の背広、ブレザー等を処分することにしたのである。
 これから新たに購入するものは、本当に必要かどうかを考えてから決めることになるだろう(笑)。

 今までグズグズしていたのだが、本日、それに取りかかった。今日のところは、45リットルゴミ袋2つ半というところか。2・3日前から腰痛が始まっているので、今日のところはこれでやめ。
 まだ下着関係、寝具関係が大分処分できそうだ。
 日常生活に係るものも、キャンプ用品で代替してしまえば随分軽くなるはずである。どこまでできるかな?(笑)
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宙に浮くスピーカー  


 これまた面白いスピーカーが開発されたものだ。
 関心のある人、いかがでしょう。

 【先行販売】浮遊し、回転し、光を放つBluetoothスピーカー LEVI SOUND~音楽を聴くから観るへ~ レビ サウンド

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Wolffepack…使いやすそうだが  


 最近は、連続的に台風が襲来しており、雨風も不安定で各地に大きな被害をもたらしている。
 今日は本当はスケッチ日だったが、どうにも天気が読み切れず、雨に降られるのもいやなので土曜日に延期することにした。
 結果的に、実施しても雨に降られることはなかったような気配だが、お年寄りもいたりするので仕方ないとあきらめた。
 
 展覧会用の絵は、F4・3枚はすでに出来上がっているから良いのだが、F40のうち残りの1枚があり、本日はそれにかかった。
 おかげでこちらも今日で完成。以前の手作りの仮縁をとりつけて額装の方も完成させることができた。

*     *     *     *     *

 ホッとしてネットをブラブラしていたら、標記のバッグ「Wolffepack」を見つけた。なかなか面白い機構を採用している。(使い方の詳細を説明している動画はこちら
 「日本グッドデザインに輝いたイギリス生まれのデザイン!」ということらしい。見た目は何の変哲もないデザインだが、街中で使う時の使い勝手が特に良さそうだ。価格はちょっと高め、機構上やや重そうでもある。

 現在は、Northfaceのザック(20L)を使うことが多いしこれで十分間に合っているので、今は欲しいと思わないが、これがくたびれてきたりして、他のものが欲しくなったら検討してみても良いかもしれない。
 左の「エスケープライン(18lL1Kg)」は軽量でアクティブユースに、右の「メトロ(22L、1,4Kg)」は通勤や旅行などにお勧めとのこと。
 現在、20Lはとても使いやすいサイズで気に入っているので、イザとなったらどちらにしたらいいのか迷いそうだ。

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 翌日、FBでこんなバッグ「The Everyday Backpack」を見つけた。 これもなかなか魅力的だ。

 つまり、慌てて買う必要がないということだ(笑)。
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眼科検診~好日山荘  


 このところ台風続きだったが久し振りの快晴で外に出た。
 暑さは相変わらずだが、朝夕は少しは秋の気配を感じるようになったようだ。こう言う時は風邪をひきやすいので薄着は要注意である。

 本日は、白内障手術後の久し振りの検診。
 8:30~視力検査。メガネをかけて1.2。裸眼では…聞き忘れた。
 そして視野検査。これは片目8分ほど要する。基本的にはずっと一点を見つめているだけの検査なのだが、なかなか辛さを感じる検査でもある。できればあまりしたくない。
 その後医師の検診。特に異常なし、順調に推移しているらしい。次回は来年5月。

 駅前の好日山荘でブラブラ。
 最近は、欲しいものを見つけると「それが本当に必要か?」と一応自問自答してみる。すると大抵の場合は「なくても済むな」と買わずに済ませることが多い。仮に買ったとしてもせいぜい1000円+α程度(笑)。でも今日は一つ買ってしまった(笑)。「ナルゲン12オズのフラスコ」である。

 これは以前、こちらで見ていたもので薄さが良い。基本的には、お絵描きの際はコーヒーなどの水として、キャンプなどの場合には酒でも入れておくか?という感じで考えていたものである。それにしては、この人のものとは随分デザインが違う(笑)。
 GSIボトルも入手しているが、こちらのキャップは普通のペットボトルにでも使おうかと思っている。

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 そしてランチ。今日は「丸大ホール」。こういう店は大好きである。

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 本日のメニューは下のようなもの。

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 160901 食べ終わったサンマ。真ん中の骨がない(笑)。

 小さい頃からさんまは大好きな魚だった。ある時従兄弟が骨と内臓も一緒にかじるように食べるのを見て私もそうするようになった。今はあまり食べる機会がないのが残念。
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水出しコーヒー、水漬けパスタ、その他  


 以前(もう2年ほどになるか)、水出しコーヒーを紹介したことがあった。さっぱりしてとても美味しい。
 しかし、昨年はすっかり忘れ、今年も今まで忘れていた。


 つい最近、FBにて、外ご飯を日常的に楽しんでいる方のページで「水漬けパスタ」なるものがあることを知った。
#それで水出しコーヒーのことも思い出したのだった(笑)。

 これはなかなか行けるのでは?と飛びついた。もちろん、お絵描きのランチにならないか?と考えたものだが…。

 最初は水に漬けておくだけで良いのかと思ったが、1~2分ほど茹でるものらしい。ソースと一緒にでもとにかく熱を加えれば良いらしいのだが…。 それでも省エネになることは間違いない。
 具体的なやり方は、このページ「水漬けパスタがおいしいと話題。作り方や簡単おいしいアレンジレシピ」が良いかもしれない。

 昨日、それにふさわしいパスタを買ってきたからとにかく一度試してみよう。

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 そう言えば、昔は冷やし茶漬けのようなものも食べたはず…と思い、調べてみた。
 永谷園がいろいろと冷やしレシピを広めようとしているらしい。これも面白いかも。

 雑学ついでに「茶漬け」(Wikipedia)
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大腸カメラ検診  


 今日は恒例になっている大腸カメラ検診。

 朝の9時半頃から2リットル入の入れ物に下剤を溶かして、2時間ほど少しずつ飲んでいるとそのうちトイレに行きたくなると言うわけである。この下剤の入れ物がブラティパスの入れ物に良くて似ていて、その代わりに使えるんじゃないかと思う(笑)。なかなかしっかりした作りである。
#写真画像はネットから拝借したもの。右は「Platypus(プラティパス) プラティパス 2」

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 検査は15:30からだが、その間は殆どまとまったことができない。
 下剤を飲んでいるうちに、昨日註文していたロール水彩紙も届いたがとても水貼り作業に入る余裕はない。

 検査そのものは簡単に終わる。私が行っているところは医者がかなりの経験者なので、内視鏡の扱いは上手で安心してまかせておける。終了後も点滴の薬がなくなるまでベッドで横になっているうちに、いつの間にか寝てしまっていた。

 結果は「なんでもない。」とのこと。
 大腸の方は定期的(2年くらいか?)にポリープができて、その度に切除術を受けているのだが、今年はその年ではないから予想通りの結果でもある。

 帰宅後…。
 昨日の水貼りは30号。以前に一枚水貼りしてあったパネルがあるので、昨日のと加えて30号が2枚できている。
 今年は30号で行くか、当初の予定通り40号で行くために水貼りするかどうか思案中である。
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胃カメラ検診  


 このところ毎年やっている胃カメラ検診。

 昨日は、次のグループ展の公募受付のために頼まれて、作品受付のためのエクセルの作業。私の場合、マクロとかVBAを使った作業はできないのでいつも手作業。でも見ているとあまりにも効率が悪く、手作業しかしない私がその作業を頼まれてしまった…というわけで初めてVLOOKUP関数の使い方を覚えた。
#ちなみに、昔マッキントッシュを使っていた経験からか、一つのソフトで全てを完結することは殆ど無い。
 これで、応募者への返信は個人的には、ラベルシールなら「Filemaker」を使うし、封筒印刷なら「はがき作家」を使うことになるだろう。作品のタイトル印刷も「Filemaker」を使うことになるだろう。


 そんな作業をしていたせいだろうか?昨夜の段階では今日が胃カメラ検診だと言うことをすっかり忘れて、夜ワインを飲みながらちょっとつまんだけど、時間はどうだったかな?食べたものは大丈夫だったかな?(笑)
胃カメラ検診ももう何回も経験して、段々緊張感が乏しくなっているようだ。

 しかし、この時期になると9月に予定されている展覧会2つのために絵を描かないといけないという義務感が発生してくる。小さい絵が3枚。大きい絵が2枚である。何となく受験時期みたいな気分(笑)。

     *     *     *     *     *

 検診の結果は特に問題なし。ちょっとだけγ-GTPの値が高かっただけ。でも気にするほどじゃない。
 来週は、大腸カメラ検診。今度は忘れないようにしないと…(笑)。

 胃カメラ…カン太10.7Km
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友人たちの生き方  


 先日は中学時代の仲間達と楽しい時間を過ごして帰ってきたが、昨日は、高校時代の仲間に誘われて彼の家で、彼の料理で楽しい時間を過ごしてきた。昔の仲間は、仕事がらみと違うし、大学時代の仲間のように広い意味での同業者とも異なるから面白いのだろう。

 昨日の仲間は、高校時代は一言も話したことがなかったが、私が個展を始めた頃から話すようになった。私をロードの世界に引きずり込んだのも彼である。
 自転車をしている頃は150Kmほど走っていると聞いていたが、最近では中山道、東海道の旧街道を歩くなんてことをやっているらしい。そうやって歴史上の行動の実際がどうだったのか、自然災害がどのように地域に跡を残しているのか思いを馳せているらしい。
 彼の歴史観も大きい。日本国という概念はいつ頃から生まれたものか?とか、会津藩士の難民がハワイに渡ったり、さらにはサンディエゴの近くに移り住んで米や葡萄栽培の元を作ったことなどを語っていた。要は地球規模で考えれば人間は出生地居住地に縛られる必要はない。しかしその代わりにいつでも個人で生きられる方法を身に着けておかないといけないということを言いたかったんだろう。その点、私はもう大丈夫だと言っていたが事はそう簡単ではない。彼自身もこの家を最後にするつもりらしいが、それができなければニュージーランドへでも行こうか…と話していた。
 壁には、
 無知無覚寓
 有知有覚賢   の文字を書いた紙切れが貼ってあった。

 彼の頭の中では20~40Km程度が普通の歩く距離らしい。そんなだから一通りアウトドア用具も揃えている。カメラも高級と思われるものを数台持っており、自宅から見える富士山に向けて固定カメラを設置し、定点撮影も続けているという不思議なこともやっている。アウトドア、自転車、カメラに限らず、何かと刺激を受けることの多い友人の一人でもある。
#部屋がモノで溢れているのは、彼は一人住まいだからである。

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 そんな彼が「こんなのを知っているか?」と見せてくれたのがこちら「STANLEY 真空フードジャー 0.41L」。これでスープなどを適宜つくり、最後に米を放り込んで持って行けば昼飯にはリゾットになる…と(笑)。
 彼の名誉のために言っておけば、彼の専門は有機化学。料理は実験のようなものだから別に難しくもないし、面倒でもないと言う。彼が作るのはこうした手抜き料理ではなくむしろ本格的なものである。いろいろ料理をご馳走になってきたから確かである。むしろこうした手抜き料理に関心があるのは私の方である(笑)。
 余談であるが、彼の経歴上プログラミング能力もあるので、近いうちに(彼にとっては)簡単なものをお願いしようと思ったりしている。
 そう言えば、帰り際、自作の腸詰め(これもビールのつまみにご馳走になったのだが)を持って行けと言われていたのだが、忘れてきてしまった。残念。

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 以前、「Kleankanteenのフードキャニスター16oz(シングル)」を買ったことはあった(\2800-)が、なかなか火を使える場が乏しく出番が少なかった。
 彼の話に気になって改めてダブルのものを探してみた。

◆STANLEY(スタンレー) 真空フードジャー 0.41L シルバー \3200-
 シルバーが良いと思っていたし、価格も相対的に安目。良いかもと思ったが、ちょっと容量が少ないか。

◆STANLEY(スタンレー) 真空フードジャー0.53L \5076-
 スプーンは不要だし、邪魔かな?
 それに結構重そうだ。

◆Klean Kanteen ダブル 473ml \4000-(税別)
 おっ、なかなか良いが…SoldOutか。

◆サーモス 真空断熱フードコンテナー 0.5L ブラック \2228-
 ということで、特に安売りされていたこれに決定。安さに負けた(笑)。
 ムダにはなることはないだろうし、しばらくこれで使ってみよう。

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 彼は最近、亡くなった奥さん、奥さん方の両親、そして自分の両親の位牌を持って、四国巡礼の旅に出る予定だったとのこと。
 仕事が忙しくなって今は動きがとれないというが、彼のことだからいずれ実行していくだろう。

*     *     *     *     *

 やはり私自身の仕事が終了する頃親しくなった友人がいる。
 今は会社経営だが、昔はインテルにいたこともあるから、ネット関係は私より遥かに詳しい。そして現在の社会・経済に関しては、高校時代の仲間の中では私と最も近い考えを持っている。

 その彼が、最近柏市内の戸建てを売却し、台東区内のマンションに引っ越したらしい。終活の第一ステージだと言っていた。彼の最終ステージは娘の住むオーストラリアあたりではないかと、私は思っている。

 徐々に私の友人達も終活を考え始めているようだ。

 私は絵を始めたのが終活第1ステージだと考えたい。これからあと10年くらいが第2ステージ。それから第3ステージ…かな?(笑)。
 さてどうなるか。
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白内障その後・眼科検診  


 久々の眼科検診である。

 白内障の方は全く問題がない。視力はやや低下したような気がしないでもないが、これはレンズをどこに合わせたものにするか?ということによるのだろう。目の方はきれいだとの診察だった。
 医者からは「一週間後にメガネ合わせをするようにしよう」と言われたが、今のままでもあまり不自由はない。というより、メガネを掛けることにする方が、いろいろな意味で面倒が増えてやっかいだ。
#翌日、メガネ合わせの日程をキャンセルしてもらった。

 病院からの帰路、街角で拾ったスナップ。

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田舎からの帰浜の日(3日目)  


 今日は帰浜の日。バスは13;29発。
 それまでは時間があるので、兄に考えていたところへ連れて行ってもらうことにした。
#まずは墓参りを済ませてから…。
 それがここ「福島(ふくじま)てっぺん公園」
 まさに小山のてっぺんだ。吹きさらしで狭いが、トイレ、水場は完備している(笑)。

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 風越山の方向に見えるこの風景は一度描いたこともあった
 この右手の山がアウトドアの世界では有名な「陣馬形山」。 ここには必ず一度は行こうと思っている。

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 その後は、隣村の「九十九谷森林公園」などを回って…。

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 伊久間原の「縄文の丘フルーツパーク」
 ここも伊那谷の眺めは良い。ただ、(写真では隠しているが)手前の工場の屋根がちょっと邪魔だ。
 こうやってみると、野営できる場所はどこにでもあることがわかる。

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 そして、この辺りでは殆ど唯一となってしまった古い面影を残す駅舎の八幡駅。
 さらに、愛宕坂下の酒蔵工場などを見て帰った。

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 バスは予定通り出発。
 ところが、途中、小仏トンネル前で渋滞が発生してバスは遅れに遅れた。

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 結局、1時間半ほどの遅延で新宿バスタ到着だった。
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甥の結婚式と同級会(2次会)(2日目)  


 さて翌日18日(土)は快晴。
 時間もあったので実家の周辺を撮影。もちろん私の子供の頃とは随分違ってしまった。私にはあの頃の風景が懐かしい。

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 子供の頃遊んだ天竜川の風景。対岸は市田柿の地元である「市田」。かって、天竜下りの舟は対岸から出ていた。
 昔はこの川は「暴れ天竜」の異名の通り、乱流を繰り返していたから中州にもほとんど緑なんてなかったが、今では大きな木も育っているようだ。流れも大きく変わっている。
 正面に大きく見える山が飯田市のシンボル「風越山」。3枚目の写真のややとがった山頂を持つ山が烏帽子ヶ岳らしい。

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 そのまま近くを散策してみた。
 ここは天竜川河岸段丘の一番低いところ。
 昔は、私の実家ともう一件(綿屋)くらいしかなかったが、今では村の中心地になってしまった。
 少し高台になっているのが最初の河岸段丘。

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 遠方の段丘上にあるのが、私の出身中学校。

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 役場の前に通りかかったら、丁度消防の訓練中だった。
 今はタチアオイの季節。この花が最上部まで咲くと梅雨が終わると言われているらしい。

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 午後過ぎ、結婚式場へ。
 最初はちょっと地味な結婚式かと思っていたが、披露宴中はスクリーンにPhotoShowerというソフトなのかどうか、会場の各自のスマホと連携して投稿した写真画像がシャワーのようにクルクル回りながら落ちて来たり、TVの「ミリオネア-」などというクイズ番組を模した余興があったりと、今時の趣向が凝らされていた。
 そして、披露宴の締めくくりは花火。さすがにこれは今まで考えたこともなかった。(画像は兄のスマホから借りた)。
 しかし、本当は式の形式などはどうでも良い。私には、ジンと来る新婦の高校時代の先生や、友人らの暖かな言葉などから、「若い二人の今後に幸あれ!」と当然のように願う気持ちが強くなる。今回もそんな結婚式だったように思う。

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 その後、同級会会場へ合流。
 しばらくの間、何もかも許し合えるような気のおけない仲間と大いに騒ぎ、笑いあって散会。

 そう言えば、私が絵を描いていたことは小学校低学年までのことかと思っていて、その後はどんな絵を描いていたか記憶の彼方なのだが、友人達の方が私の絵を覚えているようで意外だった。結構描いてはいたらしい(^^ゞ。
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